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 ニューヨーク州ロングアイランド出身であるケヴィン・コルシュとデニス・ウィドマイヤーは、ロサンゼルスを拠点として20年以上もの間、一緒に仕事をしている映画製作者である。2014年には2人が製作した長編映画『セーラ 少女のめざめ』(14)がSXSWで初演されて以来、ホラー映画で世間を沸かせるようになった。その後、コルシュとウィドマイヤーはユニバーサル・ピクチャーズとプロデューサーのギレルモ・デル・トロと共に世界興行収入でヒット作となった『Mama』(13)の続編を製作する。また、ソニー・ピクチャーズと共にマイケル・ペーニャ主演で『The Bringing』(17)を製作。また、同チームはホラー映画短編集『ホリデイズ〈未〉』(16)も製作し、その後、MTVの「スクリーム」(15~)シリーズのシーズン3を放映するに当たり、パイロット番組やフィナーレを含むエピソードをいくつか監督することとなった。ホラー中毒で長年スティーヴン・キングのファンであった2人にとって、本作は、原作の著者キングの作品の中で最も愛され、影響力の大きい小説であり、仕事以上の価値があった。映画製作の人生で、1度は達成したいことリストに挙がるようなこの作品の製作は、信じられないほどすばらしい機会となった。

今日を代表する執筆者の1人と言えるだろう。彼が手掛けた映画『ザ・プロディジー〈未〉』(19)は今年の初めに公開となり、テイラー・シリング(「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」(13~19))やジャクソン・ロバート・スコット(『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』(17))主演で、新しく改革されたオライオン・ピクチャーズ配給で公開される。続いて、ジョージ・R・R・マーティンの小説を原作とした、画期的なSYFY/ネットフリックスのテレビドラマ「NIGHTFLYERS/ナイトフライヤー」(18~)を手掛けた。ブーラーは、2018年12月にリリースされた10エピソードのシリーズの製作総指揮を務めた。

最近では有名ホラー映画のリメイク版としてニコラス・ペッシェ監督、ソニー・ピクチャーズの『The Grudge(原題)』(20)と、LDエンターテインメントの『Jacob’s Ladder(原題)』(19)の製作を終えた。ブーラーのブレイクスルーとなった作品は、クライヴ・バーカーの短編小説を原作としている有名なカルト映画『ミッドナイト・ミート・トレイン〈未〉』(08)。続いて、Stage 6/スクリーン・ジェムズ製作、オリヴィア・マンやピーター・ストーメア主演の『ゾンビ・ホスピタル〈未〉』(08)では監督デビューを果たした。

今後のプロジェクトは以下の通り。ジョー・ヒルの短編小説を原作とした、ゲイリー・サンチェスがプロデューサーを務める『Best New Horror(原題)』(19)、バリー・フィルムズとスラッシュ(ガンズ・アンド・ローゼズ)のための超自然的スリラー『Black River(原題)』、ロバート・ロドリゲスがプロデューサーを務める、ボールド・フィルムズのゆがんだサイコスリラー『Blood(原題)』。

イェール大学にて中世学の学士号を獲得した後、ロンドンのセントラル・スクール・オブ・スピーチ・アンド・ドラマで演劇と脚本について学んだ。プロの舞台俳優と脚本家として働いた後、映画やテレビの脚本/プロデュースに転向する。

手掛けてきた映画作品には、アカデミー賞®ノミネート俳優サミュエル・L・ジャクソンと、ジョン・キューザック主演の『1408号室』(07)、アカデミー賞®受賞俳優クリスチャン・ベイル、マシュー・マコノヒー主演の『サラマンダー』(02)、ジェイミー・リー・カーティスディメンション・フィルムズ主演の『ハロウィンH20』(98)、アカデミー賞®受賞俳優クリストファー・ウォーケン主演の『ゴッド・アーミー/復讐の天使〈未〉』(97)、スティーヴン・キングの短編小説『おばあちゃん』(84)を原作とし、ジェイソン・ブラムがプロデューサーを務めたユニバーサル・スタジオの『スティーヴン・キング 血の儀式〈未〉』(14)、アカデミー賞®受賞俳優ジェフ・ブリッジスとジュリアン・ムーア主演で、ユニバーサルとレジェンダリー・ピクチャーズの『セブンス・サン 魔使いの弟子〈未〉』(14)などがある。

テレビでは、SyFyチャンネルで数シーズン放映された「インビジブル・マン」(00~02)シリーズを手掛けた。ショウタイムの短編集「Masters Of Horror(原題)」(05~07)には「The Fair Haired Child(原題)」(06)のエピソードを執筆し、他のテレビ番組にも貢献した。現在はリチャード・ブランソンのヴァージン・プロデュースと、フォレスト・ウィテカーのシグニフィカント・プロダクションズのため、「The Girl With Ghost Eyes(原題)」のリメイクを手掛けている。これまでのキャリアで、幸運にもロレウンツォ・ディ・ボナヴェンチュラ、ベイジル・イヴァニク、ギレルモ・デル・トロ、ライオネル・ウィグラム、ボブ・ワインスタイン、故リチャード・D・ザナックなど、エンターテインメントビジネスの中で一流のプロデューサー、役者、ディレクターと仕事をすることができた。また、スティーヴン・キングやニール・ゲイマンなど象徴的な著者の作品の映画製作をすることもできた。

有名なテレビ番組放送作家/プロデューサーであるヴァレリー・メイヒュー(「X-ファイル」(93~02)、「チャームド~魔女3姉妹」(98~06)、「逃亡者」(00~01))と結婚しており、3人の娘がいる。すばらしい娘たちで、自身よりも賢いそう。

1947年に、ドナルド&ネリー・ルース・ピルズベリー・キングの次男としてメイン州ポートランドで生まれた。彼の幼少期に両親が離婚した後、兄のデヴィッドと共に母親に育てられた。当時父親家族が住んでいたインディアナ州フォートウェインや、コネチカット州ストラトフォードで幼少期を過ごした。11歳の頃、母親は兄弟を連れてメイン州ダラムに戻り、以後そこに住み続けた。母親は姉妹に説得され、加齢のために自由に動けなくなった両親ガイ&ネリー・ピルズベリーの身の回りのお世話を引き受け、母親の姉妹はダラムの家の提供と経済的支援を担った。祖父母が他界した後、母親は近所の知的障害者用施設でキッチンの仕事を見つけた。

ダラムの小学校に通い、リスボン・フォールズ高校を1966年に卒業し、オロノにあるメイン大学の2年生の頃から、学内新聞「ザ・メイン・キャンパス」のウィークリーコラムに記事を書いた。学生自治にも積極的に参加し、学生議会のメンバーとなった。オロノキャンパスにおける反戦運動にも参加し、ベトナムでの戦争は憲法違反であるという保守的な立場を取った。1970年に英語学の学士号を持ってオロノのメイン大学を卒業し、高校レベルの教師をする資格も取得した。卒業直後の徴兵委員会試験では、高血圧、視力の低下、偏平足、鼓膜穿孔のため、4-Fと評価された。

1971年1月、タビサ・スプルースと結婚。2人はオロノのメイン大学にあるフォグラー図書館で学生として働いており、その書庫で出逢った。教師としての仕事をすぐには見つけられず、クリーニング工場で働いた稼ぎと、タビサの学生ローンと貯金、また時々男性誌に短編小説を執筆することでキング家を養った。

プロとして初めて短編小説を「Startling Mystery Stories(原題)」(66~71)に執筆したのは1967年。結婚して間もないころは、男性誌のためにストーリーを書き続け、後にナイトシフト・コレクションとして集められたり、他の短編集に掲載されたりした。

 1971年秋、メイン州ハンプデンの公立高校ハンプデン・アカデミーで英語を教え始めた。夜や週末には執筆活動を行い、短編小説や小説を書き続けた。

1973年春、ダブルデイ社が小説『キャリー』(74)の出版を引き受けた。その年の母の日に、ペーパーバック版の販売により教師の仕事を辞め、フルタイムで執筆活動を行えるようになる、とダブルデイ社の編集者ビル・トンプソンに告げられた。

1973年夏、人が増えたキング家は、母親の体調の問題のためメイン州南部に引っ越す。冬に向けてノースウィンダムのセバゴ湖に夏用の家を借り、次の小説を出版した。元々は「Second Coming」というタイトルだったが、「Jerusalem's Lot」とし、最終的には『Salem's Lot(呪われた町)』(75)となる。この頃、母親が59歳で、がんのため亡くなった。

1974年春に『キャリー』が出版された。同年秋にはキング家はメイン州を離れ、コロラド州のボールダーへ引っ越す。そこには1年も住まなかったが、その間にコロラドを舞台にした『シャイニング』(77)を執筆した。1975年夏、メイン州に戻ったキング家は、メイン州西部のレジオン湖に家を購入する。その家で『ザ・スタンド』(78)を書き上げたが、舞台のほとんどはボールダーとなっていた。『デッド・ゾーン』(79)もブリッジトンで執筆した。

1977年、キング家は3か月間英国に滞在し、同年12月半ばにはメイン州に戻り、センターロヴェルに新しい家を購入する。一夏そこで過ごした後、オロノのメイン大学で作文の授業をするため、キング家はバンゴーの近くの、北部オリントンに引っ越す。1979年春、キング家はセンターロヴェルに戻る。1980年、一家はバンゴーに2つ目の家を購入し、センターロヴェルの家を夏用とした。フロリダで冬を越すようになったスティーヴンとタビサは、残りの日々をバンゴーとセンターロヴェルの家で過ごす。キング家には子供が3人いる。ナオミ・レイチェル・キング、ジョー・ヒル、オーウェン・フィリップ・キングだ。また、孫が4人いる。

祖先はスコットランド系アイルランド人で、自身は193センチ、90キロある。目の色は青、肌の色は明るく、髪は濃い黒色に所々、特に髭に白髪が混じっている。ワールドシリーズが終わり、春にフロリダでのトレーニングが始まるまでの間、髭を伸ばしていることもある。他の季節には口髭を伸ばすこともある。メガネは子供の頃から付けている。

大学で英劇を学んだ経験があり、自身の著作が映画化されたり、ジョージ・ロメロの『ナイトライダーズ〈未〉』(81)に使われる際にはその経験を活かしている。1982年に公開された『クリープショー』(82)では、ジョー・ヒル・キングが登場する。1985年、自身の短編小説『Trucks(原題)』(73)を原作として製作された『地獄のデビル・トラック』(86)では監督デビューを果たし、脚本執筆も務めた。スティーヴンとタビサは、地元の高校生に奨学金を提供し、地元や国内の他のチャリティにも貢献している。2003年に全米図書協会から米文学功労賞を授与されており、2014年には全米芸術勲章を受けた。

ディ・ボナヴェンチュラ・ピクチャーズの創業者であり、CEOも務めている。1989年、ワーナー・ブラザーズ社に副社長として参加。在職中には130以上もの作品に携わり、その後、同社の社長となる。目立った功績としては、『フォーリング・ダウン』(93)、『評決のとき』(96)、『マトリックス』(99)、『アナライズ・ミー』(99)、『パーフェクト ストーム』(00)、『オーシャンズ11』(01)、『ハリー・ポッターと賢者の石』(01)、『トレーニング デイ』(01)がある。

2002年にはワーナー・ブラザーズ社を去り、パラマウント・ピクチャーズをベースとしてディ・ボナヴェンチュラ・ピクチャーズを創業。以来、30以上もの映画をプロデュースしてきた。有名な作品としては、『トランスフォーマー』(07)、『G.I.ジョー』(09)、『RED/レッド』(10~)シリーズがある。他のプロデュース作品には、アントワーン・フークア監督、マーク・ウォールバーグ主演の『ザ・シューター/極大射程』(07)、スティーヴン・キングの短編を原作として製作されたサイコホラー映画『1408号室』(07)、アンジェリーナ・ジョリー主演で、ソニー・ピクチャーズのためのサスペンス映画『ソルト』(10)、ピーター・バーグ監督、マーク・ウォールバーグ、カート・ラッセル、ケイト・ハドソン、ディラン・オブライエン主演の『バーニング・オーシャン』(16)、ヴィンス・フリンのベストセラーサスペンスを原作とし、ディラン・オブライエン、マイケル・キートン主演の『アメリカン・アサシン』(17) 、最近ではジェイソン・ステイサム、リー・ビンビン主演でワーナー・ブラザーズのための大ヒット作『MEG ザ・モンスター』(18)や、トラヴィス・ナイト監督、ヘイリー・スタインフェルドとジョン・シナ主演の『トランスフォーマー』(07)のスピンオフ作品『バンブルビー』(18)がある。今後はパラマウント・ピクチャーズのためのアントワーン・フークア監督作品『Infinite(原題)』(20)を製作する。

2011年、ディ・ボナヴェンチュラ・ピクチャーズ・テレビジョンという子会社を設立し、テレビ番組製作も開始。これまでに「The Real O’Neals(原題)」(16~17)、「ザ・シューター」(16~18)を手掛けた。今後はネットフリックスと共にマーク・ミラーのコミックを原作とした「Jupiters Legacy(原題)」をリリース予定。

ハーバード大学にて精神史の学士号を取得し、ペンシルベニア大学のウォートン・スクールにてMBAを取得した。2016年チューリッヒ映画祭では、ゴールデン・アイ・キャリア・アチーブメント・アワードを受賞している。

カリフォルニア州ミッションビエホ生まれ。デューク大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の法科大学院卒業。ウォルト・ディズニー・カンパニーで9年間、シニア・フィルム・エグゼクティブを務め、『フライトプラン』(05)、『ミラクル』(04・未)、『タイタンズを忘れない』(00)、『60セカンズ』(00)、『コン・エアー』(97)、『パール・ハーバー』(01)、『エネミー・オブ・アメリカ』(98)の製作に携わった。その後3年間はジェリー・ワイントローブ・プロダクションズの社長を務め、現在はディ・ボナヴェンチュラ・ピクチャーズの社長を務めている。

最近ではパラマウント・ピクチャーズの『バンブルビー』(18)で製作を務めた。また、ライオンズゲートとパーティシパントの『バーニング・オーシャン』(16)、パラマウント・ピクチャーズの『エージェント:ライアン』(14)、サミット・エンターテインメントの『崖っぷちの男』(11)や『RED/レッド』(10)でもプロデューサーを務めている。パラマウント・ピクチャーズの『トランスフォーマー/最後の騎士王』(17)、『トランスフォーマー/ロストエイジ』(14)、『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』(11)、『トランスフォーマー/リベンジ』(09)、1作目の『トランスフォーマー』(07)を含む、「トランスフォーマー』シリーズでは製作総指揮を務め、次の作品に向けても積極的に製作を進めている。「トランスフォーマー」シリーズは世界中で合計43.8億ドルの収益を上げている。他のプロデュース作品としては、『アナポリス 青春の誓い〈未〉』(06)や、製作総指揮を務めた『美少女探偵ナンシー・ドリュー〈未〉』(07)などがある。

以前は映画評論家であり、ハーバード大学、ニューヨーク大学、ロンドン大学で哲学と映画学の学位を取得している。あっという間にハリウッドにおいて有名となり、映画業界の中で引く手あまたのプロデューサーの1人となった。世界的ベストセラー『1001 Movies You Must See Before You Die(原題)』(18)(現在第10版が出版されており、20原語以上に翻訳されている)を含む、数々のホラーや世界の映画に関する書籍を出版した後、ロサンゼルスに引っ越し、プロデューサーとしてのキャリアを模索し始めた。2009年に映画化する支援をし、新記録を達成した『パラノーマル・アクティビティ』(07)の後に続いて、トップ映画製作者たちと共に指揮を執り、印象に残る映画やテレビプロジェクトの実績を積んできた。プロデュースに関わった作品としては、『デビル・インサイド〈未〉』(12)、「The River(原題)」(12)、『ヴィジット』(15)、『The Blair Witch(原題)』(16)、『スプリット』(17)、『ミスター・ガラス』(1918)や、『パラノーマル・アクティビティ』(07)と『インシディアス』(10)の各連載などがあり、このうちの多くは予算の少ないホラー映画ながらも国内外の興行収入記録を塗り替えてきた。

映画に関する出版物には次のようなものがある。『Horror Film And Psychoanalysis: Freud’s Worst Nightmares(原題)』(04)(ケンブリッジ大学出版)、『Horror International(原題)』(05)(ウェイン州立大学出版)、『100 European Horror Films(原題)』(07)(英国映画協会)、『New Hollywood Violence(原題)』(04)(マンチェスター大学出版)、『Dark Thoughts: Philosophic Reflections On Cinematic Horror(原題)』(03)(スケアクロウ出版)、『Underground U.S.A.: Filmmaking Beyond The Hollywood Canon(原題)』(03)(ウォールフラワー出版)。

スタジオ映画や自主製作映画など、幅広い種類の映画製作に携わってきており、予算も100万ドル以下から7,000万ドル以上の作品まで幅広い。アメリカ全土、カナダ、メキシコ、東ヨーロッパでの撮影を伴う映画のプロデュースを行ってきており、作品としてはネイト・パーカー監督『バース・オブ・ネイション〈未〉』(16)がある。同作品では2016年サンダンス映画祭にて観客賞、審査員特別賞を受賞し、その後FOXサーチライト・ピクチャーズに映画祭での販売契約として史上最高額で売却している。

20作品以上もの長編映画に加え、短編映画、ウェブドラマ、ミュージックビデオ、コマーシャルの製作もしてきており、PBSドキュメンタリー「Chavez Ravine(原題)」では国際デザインアワードを受賞。アカデミー賞®にもノミネートされた。

元々は、17歳でソフトウェア会社を立ち上げ、サンフランシスコにおいて、コンピューターゲームのデザインとプログラミングで順調にキャリアを築いていた。その頃、撮影されたライブアクションとコンピューターアニメーションを合体させたCGIプロセスで、特許を取得した。

コロンビア大学を最優秀者として卒業し、文学士号を取得した。全米製作者組合と全米監督協会のメンバー。ウィリアム・モリス・エンデヴァー・エンターテインメントのジャサン・パーニが代表を務めている。

ローマで生まれ育って学校に通い、イタリア、モントリオール、アジアで仕事をしてきた。初めて映画のデザインに携わったのは東南アジアで、そこで3年間生活をしながら働いた。それ以来、尊敬されている映画製作者や役者と仕事をし、キャリアを通して驚くような経験をたくさん積んできた。主なアシスタントはおらず、マリアーノは自らデザインをし、素材のフォローアップをする。

キャリアはブルース・ベレスフォードの『ブラック・ローブ』(91)の裁断師としてスタートさせた。その後、衣装に関わる様々な仕事を経験する中でデザインも始めた。マリアーノは、時代劇やSF作品を手掛けたときに達成感を得るという。衣装やアクセサリーを通して登場人物を作り上げていくのが最大のスリルだそうだ。手掛けて来た主な作品としては、アマゾンのヒットシリーズ「トム・クランシー/CIA分析官 ジャック・ライアン」(18~)、「またの名をグレイス」(17)、SYFYの「DEFIANCE/ディファイアンス」(13~154)などがある。また、有名な映画作品では『インモータルズ -神々の戦い-(11)、『メイズ・ランナー』(14)がある。現在は、モントリオールを拠点としている。

本作の編集を監督のケヴィン・コルシュとデニス・ウィドマイヤーと共に行った。以前には『レディ・プレイヤー1』(18)と『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(17)をメンターのマイケル・カーンと共に編集を手掛けた。『ブリッジ・オブ・スパイ』(15)や『BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』(16)では編集補佐を務めた。自主製作映画としては『The Last Survivors(原題)』(14)や『Higher Power(原題)』(18)がある。アメリカン・フィルム・インスティチュートとノースウェスタン大学を卒業している。

ロンドンのイーストエンド生まれ。そこで学校に通い、その後はテレビ番組やドキュメンタリーの仕事を行う中で、常に視覚的にストーリーを伝えたいという欲望に駆られていた。

ベン・ウィートリー監督の『Down Terrace(原題)』(09)で偶然仕事をしたことがきっかけとなり、ストーリーと動画を組み合わせていくことに情熱を持つようになった。今日、世界中の経験豊富なディレクターとコラボレーションを果たしている。ローリーにとって、映画製作はすばらしいストーリーを作り上げるために、同じ考えを持つ人同士が協力をし、そのコラボレーションが全てだと考えている。

v最近の主な仕事としては、パラマウント・ピクチャーズ/バッド・ロボット・プロダクションズの『オーヴァーロード』(18)、ソニークラシックの『Stan and Ollie(原題)』(18)があり、現在はダフニ・デュ・モーリエの『レベッカ』を2019年夏公開に向けて製作している。英国南部の沿岸都市ブライトンを拠点として活動し、英国映画製作者協会のメンバーで、妻と子供2人と暮らしている。

30年以上エンターテインメント業界で仕事をし、スタントコーディネーター、格闘コーディネーター、セカンド・ユニット・ディレクターとしてのスキルと専門性を持ち合わせている。フレネッテは世界空手道選手権大会で5回優勝したことのある、国際的なアスリートで、高レベルの安全性と創造性を保持している。アクションへの情熱を映画製作に組み合わせることで、映画製作でアクションが必要となる際、容易に経験を活かしている。

これまで170以上もの映画製作に携わってきたおり、『300〈スリーハンドレッド〉』(07)、『デイ・アフター・トゥモロー』(04)などがある。テレビ作品としては、アマゾンの「ジャック・ライアン」(18~)で2019年1月に全米映画俳優組合賞にノミネートされている。

コンコルディア大学で舞台美術を学び、過去20年間はそのスキルを映画やテレビに活かしている。最近では「トム・クランシー/CIA分析官 ジャック・ライアン」(18~)、ロバート・ゼメキス監督の「ザ・ウォーク」(15)でセット装飾の仕事に携わり、『X-メン』過去3作品にも携わった。2018年英国映画製作者組合賞のセット装飾部門でノミネートされた。

ケベック大学モントリオール校で学んだ後、コンコルディア大学芸術学部にて映画アニメ―ションを学んだ。映画のダイナミックさと技術的な挑戦を要する点に魅力を感じたとフルニエは言う。映画アニメーションに5年間携わった後、10年間風景画家としてテレビの連続ドラマ、動画、テレビコマーシャル、短編映画、長編映画の仕事をしてきた。映画アニメーションを通して彫刻に関心を持ったフルニエは、プロとしての人生を転向し、1998年には彫刻、キャスティング、ペインティングなどを専門とするArts 3D社を立ち上げる。

映画『巨乳伝説/セクシー・クレオパトラ』(92)では兵馬俑の製作からモントレオールのホテル内装まで多様なプロジェクトを率いた。これまでに携わってきた作品には、『X-MEN:アポカリプス』(16)、『ザ・ウォーク』(15)、『X-MEN: フューチャー&パスト』(14)などがある。プロジェクトの合間には、経験したことを個人的なアート表現で振り返るようにしているという。自身の中にクリエイターと技術者が両方存在して、その2者を組み合わせることに喜びを感じるそう。

映画業界に携わって23年となる、アワード受賞経験者。クリエイティブで多才なスタイリストとして、フェリックスは映像撮影におけるヘア部門に携わり、自身同様によく働く、最高のチームを作り上げることで有名。ケベック州ボースの小さな村出身の彼は、16歳でケベック市に引っ越し、続いてフランスのニースへ移ってヘアデザインの勉強をする。

5年後モントリオールに戻り、様々なカメラマンと仕事をし、実績を積んでいく。モントリオール、オタワ、トロント、バンクーバー、ニューヨークのファッション・ウィークでは、バックステージやメディアの仕事に携わった。また、自身のノウハウや情熱を次の世代のヘアデザイナーへも受け継いでいる。

最近ではハリウッド映画『X-MEN: ダーク・フェニックス』(19)、『X-MEN: フューチャー&パスト』(14)、『X-MEN:アポカリプス』(16)のヘアデザイナーを務め、ジェニファー・ローレンス、ハル・ベリー、ローズ・バーン、エレン・ペイジ、マイケル・ファスベンダー、ヒュー・ジャックマンなど一流の役者たちと仕事をする機会を得た。他にも、『ザ・ウォーク』(15)でジョセフ・ゴードン=レヴィットとシャルロット・ル・ボン、『ホワイトハウス・ダウン』(13)でチャニング・テイタムのヘアデザインを担当した。

30年以上もの間、世界中で活躍しており、120本以上もの長編映画に携わる。エイドリアン・モロットと、自身で立ち上げたモロットFXスタジオは、特殊メイク界の第一線に立ち、映画製作者たちにソリューションとデザインを提供している。

3最新の技術を導入する同社は、新しい医薬品やデジタルイメージ、3Dスキャンやプリントなどを使用して、デザインを行っている。アカデミー賞®のメイクアップ&ヘアスタイリング賞にノミネートされたことがあり、ジニー賞、サターン賞受賞経験もある。ケベック州モントリオールで生まれ育ったモロットは、17歳の若さでロサンゼルスへ移り、商業を学んだ。5歳の頃、『猿の惑星』(68)を見た後にゴム製のマスクを作り、魅了された彼は地下室で実験を行い、自らの頭を石膏に入れて楽しむようになった。現在、モントリオールとバンクーバーにオフィスを持ち、新しくロサンゼルスにもオフィスを設立する予定。

「Breakfast Television(原題)」(トロント、バンクーバー、カルガリー)、「Global News(原題)」、「CTV(原題)」、「CP24(原題)」(トロント、バンクーバー)、「Animal Planet(原題)」、「The Pet Network(原題)」など、カナダのあらゆるメジャーなテレビ局で特集されてきた。人気あるテレビ番組「Doggy House Calls(原題)」ではホストを務めている。

スタントドッグショー(訓練済みのネコ2匹も含む)アルティマッツの創業者であり、パフォーマーでもある彼女は、動物たちに縄跳びをさせたり、逆立ちをさせたりしている。「Good Morning America(原題)」、「The Rick Mercer Report(原題)」など、海外のテレビ番組でもアルティマッツの特集が放映されている。ボストンテリアのベラは、「Ripleys Believe it or Not!(原題)」で全国を旅し、2016年出版の書籍を宣伝した。

メリッサは陽性強化トレーニングの支持者で、10年近く前から動物愛護協会と共に仕事をしている。映画やテレビ番組のために動物の訓練をおこなうこともあり、ネットフリックスの「クリスマス・クロニクル」もその一例である。

過去29年間、映画、テレビ、コマーシャル、ドキュメンタリー、ライブエンターテイメントの仕事に携わってきた。

役者、スタントマン、スタントコーディネーター、アニマルコーディネーター、アニマルトレーナー、セカンドユニットディレクターなど、様々な分野で活動してきた彼は、Fox、AMC、ディズニー、SyFy、ホールマーク、ユニバーサル、ワーナーブラザーズ、ミラマックスなどと仕事をした経験がある。AMCの「THE KILLING/キリング」(07~12)、フォーカス・フィーチャーズの『ブロークバック・マウンテン』(05)、20世紀フォックス/アライアンス・アトランティスの『A TIME OF WAR タイム・オブ・ウォー 戦場の十字架〈未〉』(08)、ネットフリックスの『フラクチャー〈未〉』(07)などがある。

450以上もの番組で仕事をする中で、技術やスキルをクリエイティブ、ビジネス、ロジカルな側面から捉える基盤を築いた。最近では、グーグルやワイルド・ディスカバリーよりアニマルコーディネーターの仕事を依頼されているが、自身の活動すべてがアメリカ動物愛護協会のガイドラインに従っている点を誇りに思っており、動物にも成功する機会を提供している。